「夢をあきらめるな」と言われても、今日を生きることで精いっぱいの子どもたちがいます。 経済的な困難やきょうだいなど家族のケアを背負い、あるいは親の気持ちの支え手となりながら、 “今をどう乗り切るか”だけで、めいっぱいの子がいます。
Aさんもそのひとりでした。 母子家庭で、母親は病弱。 昼間はバイトを詰め込み、通信制高校に通っていました。 食費や通学費、身の回りのものを自分で賄っています。 これまで何度も生活の中で、“供給ストップ”を経験し、 「自分がつぶれたら人生終わり」と緊張して、自分で自分を支える毎日でした。
友達の前では“普通の高校生”でいたい・・・当然の思いです。けれど、 ひとたび家に帰れば、母の話の聞き役となり、食事は一人でパンやおにぎりをかじり、夜中にうとうと眠るか、眠れないこともほとんど。 そんな日々の連続の中で、将来の夢を描く余裕なんて生まれませんでした。 夢を思い浮かべても「たぶん無理」が先に来てしまう。 どこをどう進めばいいのかも分からず、 夢を描くこと自体をやめてしまうこともあります。「生きていける範囲」の世界から出る力をなくしてしまっている。
現代の社会には、こどものための自立支援の制度がたくさんありますが、 本当に必要なこどもほど、その情報にたどり着けない現実があります。 疲れても弱音を吐ける場所もなく、乗り切るための作戦会議をしてくれる大人も、 必要な社会資源につながるまで伴走してくれる存在も、身近にいないことのほうが多いのです。
だからこそ、こどもなら、生活の状況にかかわらず、ほぼ持っている携帯の中でそっとつながり、 飲み込んだ言葉でこどもの心が窒息してしまわないように寄り添い、 変わらない現実をどうすれば少しずつ変えていけるか、 その子のペースで一緒に考えられる存在が必要です。
外からは見えなくても、こどもにはこどもの事情や、隠さなければいけないと思っている現実がある場合もあります。
「若者が夢を語れない」と嘆く前に、 まずは、夢を語ることすら難しい状況に置かれているこどもたちが、社会のなかで孤立していることを、 一緒に理解するところから始めませんか。
視線をあと少しだけ伸ばすことで、 おたがいに見えてくるものがあると信じています。
ぜひ、これからもCoCo SoRaに、立ち寄ってみてください。お待ちしています。

